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「僕は・・20歳まで生きられないの?」
夜中襖の向こうでひっそりと話していた両親の言葉を聞いてしまった日から僕の平凡な幸せは崩れた。
「ち、違うわよ、それは、い、従兄弟のお兄ちゃんの話よ。」
沈痛な面持ちで否定する母親と無言のままの父。まだ5才だったけど、それでも今までの何度かの入院経験を踏まえた上で母の咄嗟に付いた嘘だと簡単に見破れた。
ふーん、僕は20歳まで生きられないんだ、大人になれないんだ。
もともと人見知りで人と話すのが苦手だった僕は、その事実を期に自分の世界に閉じこもった。
小学校へ行く年齢になっても僕は親を含め誰にも心を開かなかった。
当然だ。
誰かに心を開けば僕の病気は治るのか?といえば答えはNOだから。
だけど、親としては僕に教育を受けさせたかったのだろうし、同時に受けさせなければならなかったのは後の僕が知る事となる。
「秀人、先生が来たわよ」
「こんにちは」
母親と一緒に若い女が入ってきた
他人になんて会いたくなかった。
けど、鍵のかからない扉は僕の意見を無視してに親が勝手に開けてしまうから。
僕は何もしゃべらなかった。
「秀人くん、こんにちは」
「ほら、ちゃんと挨拶なさい」
挨拶なんかしたくない、早く帰ってよ。
「まったくこの子はねぇ、本当すみません・・」
「いえ、いいですよ。最初ですから」
ペコペコする母親と愛想をふりまく先生。
早く出ていって欲しい。
僕の時間はあなた達と違って限られてるんだから。
「秀人、これから週2回、先生が来るから仲良くするのよ」
「よろしくね」
週2回?冗談じゃないよ。
「嫌だ、帰ってよ」
「・・オホホホホ」
精一杯の思いで口にした言葉は笑い声で誤魔化された。
冗談じゃないのに・・・
どうせ勉強したって大人になる前に死んじゃうなら意味ないし。
せっかくの僕の人生なんだから好きなことやって生きよう。
そうだ、僕はお絵描きが好き、ずっとお絵描きしよう。
実際お絵描きは楽しかった。自分の中にいるロボットや飛行機が自分の思うとおりに動いて怪獣をやっつける。そしたら世界は平和になって僕はヒーロー。楽しくて楽しくて家庭教師がくる時間が最高に嫌だった。
寝食勉強以外の時間を全部絵に注ぎ込んだ僕はいつの間にか絵が上手くなっていた。親からも家庭教師からも褒められる。僕に初めて自信と欲求が現れた。
僕は人よりちょっと絵が上手い、だから絵の学校に行って絵の勉強をしてもっと上手くなりたい。
そんな思いを聞き届けてくれた神様は僕を絵の学校へ無事入学させてくれた。
ここが学校というところか。
遠くからは見たことがあっても小学校も中学校行かなかった僕にとって、校舎の中に入ったのは初めてだった。
広いなぁ、しかも教室もいっぱいある。
迷いそうだ・・・
頭がグルグルしてきた時、後ろから何か声がした。
「ねぇ君どこ行くの?そっちは行き止まりだったよ」
「あ、ありがとう」
「って、俺も迷って行ったから知ってるだけなんだけど、新入生だよね?」
「うん」
「何組?・・・あ、俺と一緒だね、良かった、一緒に行こうよ」
「う、うん・・・」
随分としっかりしゃべる人だな。
しかも俺より頭一つ背が高いし。
顔立ちは整ってて綺麗だし。
こう言っちゃなんだけど上級生かと思ったよ。
ズンズンと進んでいく背中を早足で追っていたらいつの間にか目的の教室まで辿り着いていた。
「なんか遠回りしちゃったね」
「うん・・・ってゆーか僕どうやってここまできたのかあんまりわかんなかった・・・」
「あ、ごめん。俺早足なんだよね」
「ううん、僕ちょっと緊張しちゃって・・・あはは、たぶん明日くらいにはわかるかな」
僕も彼もちょっと笑って、じきにチャイムがなったので席に着く。
なんかいい感じの人だったな。
お友達になれるかな?
しかしそんな淡い期待はすぐにガラガラと音を立てて崩れた。
鎌を持った死神が僕を招くんだ。こっちへおいでってね。
学生生活を送るはずだった三年間は全部入院生活に変わっていった。
仕方ないんだ。先天性の病気は現代の医学じゃ治しようがないんだから。
仕方ない。
ろくに絵も描けず、死神と闘いながら僕は20歳のバースデイを自宅で迎えていた。無気力だった僕にささやかな光が差し込んだのはこの日だった。
「秀人、美術館で働かないか?」
父親からの意外な提案に僕は戸惑った。
「といってもお前は安静にしてなければならない身だし、今のところ資格もないからな、仕事は受付業務だが」
ここだよ、と言って見せてくれたのは市営の美術館のパンフレット。
僕も知らない場所ではない。
「嫌か?」
「嫌・・・じゃない、僕行くよ」
20歳まで生きてしまって、まだ明日からも生き続けるんだから何かしなきゃいけないんだし。
どうせ何かするなら受付業務でも側には絵があるわけで、絵に囲まれての仕事なら願ったり叶ったりだ。
8年間もの間を家とその美術館を往復したがついに再び死の宣告が行われた。
「貴方は余命一年です。だがアメリカの最新医学を持ってすれば延命の可能性はあります。」
この時の両親の哀しげな顔は今も覚えている。だから助かるわけでもない、たかが延命の為にアメリカへ来たのだ。でも結局アメリカの医学も日本と大して変わらなくて、僕は助かるどころか寿命すら延びることはなかった。両親には今も何も報告していない。
「ごめんね。でもHEVENS DRIVEで出会った三人の変わった日本人がいてね、その人たちといると楽しくて、なんでもできちゃうんだよ。今だってお金盗んでカーチェイス中。すごいよね。身体が弱くて、気も弱くて、一人じゃなにもできなかったあの僕が強盗犯だもん。信じられないよ。あーこんな素晴らしい思いを伝えられないなんて残念だなぁ。でもまたきっとどこかで会えるよね、お母さん、お父さん。」
「いえーい!ばらまけばらまけぇぇっ!」
もうすっかり車内はドル札まみれだ。
「それはいいんだけどさぁ、僕にぶつけないでよ、痛いじゃん。」
札束をどこにでも投げ出す後ろの二人。迷惑千万である。
車外はといえば、快晴の空とカラッカラの空気。そこに劈くようなヘリコプターの爆音が降り注ぐ。後続のパトカーは俺たちの車で巻き起こした砂埃で泥だらけ。
「あいつらもさぁ、いい加減諦めてくれないかな、うざいよね。」
ユッキーの発言は高笑いを浮かべたテツの言葉に消えていく。
「うざいっつーか滑稽じゃねぇ?丸二十四時間一生懸命追いかけてるのにあいつら俺たちを捕まえらんねぇんだぜ。」
「バーカバーカ!!」
最後のバーカバーカはケンの声。まるで小学生の奇声だ。
「僕たちやっぱやって良かったよねぇ強盗、こんな楽しい思いができるならもっと早くやれば良かったね。」
「っていうかハイドが無邪気に楽しみ過ぎ、ずっと歌唄ってるし、この曲何度目だよ。」
「いーじゃんユッキーだってずっとトントコトントコリズムとってるくせに。Crash in
to the Rollin morning Flash I’m the coolest Drivers high!最高のフィナーレを、イェーイ!」