時は十年以上溯る。

二月下旬、春風が吹きそうで吹かないじれったい季節。俺は毎日に疲れていた。基本的に寒さに弱い俺は毎年冬の後半は寒さにぐったりするのだが、今年はそれに加え受験があった為に精神的に疲労が蓄積していた。それもそのはずである。何かやりたいことや目標があって受験してるわけでもなく、ただなんとなく受験しているのだから、勉強なんてストレスでしかないのだ。

「かといってやりたいことなんてないんだよなぁ〜。」

平穏で淡々とした日々を送っていると、満たされるばかりで何かに飢えることがない。特別なやる気や情熱なんて沸いてくるはずがない。そんな調子で受験に望んで返ってきた不合格通知。

「あーあ、本当人生疲れる。」

「ユキヒロ、学校が休みだからってそんなとこでゴロゴロしてないでよ、掃除の邪魔よ」

「うるせぇ〜なぁ〜、別に行くトコなんてないんだし、家でゴロゴロしてて何が悪いんだよ」

「悪いに決まってるでしょ、他のお友達はもう進路決まってるんでしょ、あなたも1校や2校落ちたくらいでしょげてないで図書館でも行って勉強してきなさい」

「別にしょげてねぇよ、元から諦めてたし」

ブツブツとくだらない屁理屈をこねてもとりあってくれず、代わりに掃除機の先が顔のすぐ側まで寄ってくる。

「あーもうっこのクソババァ!」

広いリビングを追い出され、しかたなく2階の自室で携帯ゲームをスタート。

携帯代は親持ちだし、いくらでも使い放題なんだけど。

「・・・飽きた」

こんなゲームにハマる今時のガキの気が知れないよ。

かといって出会い系サイトでバカを見るのもなぁ〜。

またしてもゴロゴロゴロゴロ・・・・


結局高校卒業ギリギリになって、自衛隊のエリート将兵の父に自衛隊の学校へ入れてもらった。コネってのはすげぇなぁなんて感心しながら、まるで人ごとのように進んでいく将来への路。適当に訓練して、勉強して、合コン行って、たまに趣味のドラムとか叩いてみたりして。

「な〜んかおもしろいことないかなぁ〜」

とにかく俺は刹那的な楽しさを常に求めていた。

だから自衛隊になるには不適当な行いも多数したし、言動もまた自衛隊の其れではなかっただろう。

それもこれも全ては父親が庇ってくれて友達一同と共に卒業を迎えたわけだ。


再び繰り返される父のコネ。

父親としてももう庇いきれないことを感じたのか、それともあまりの不出来な息子を庇い甲斐がないと感じたか、どちらにしろ僕は航空自衛隊のアメリカ支部に入隊させられた。

アメリカに来れば何か変わるかと思ったけど、自分の人生における考え方なんていうのはそう変わらないんだよね。

だらけた性格のまま、世に言う悪夢の9.11ニューヨーク同時多発テロ事件が発生。

大統領以下、アメリカ国防省(ペンタゴン)も一気に殺気が漲っていく。

「おい、戦争かもしれないぜ」

「第三次世界対戦か?」

「俺達も出番あるんじゃねぇの?」

「っつーか俺は出番がなくても出て行くね、見ただろうニューヨークマンハッタンがガラガラガラ〜だぜ、許せねぇ!」

「お前達騒ぐな、静かにしろ。今上層部が判断しているところだ、お前達はただ指示を仰げば良い」

自衛隊の寮内は上官の一声で静まり返る。

上官の規則は絶対であり、それを犯した者については処分が下る。

そんな古くからの慣わしは今の若い一般兵にとってストレスでしかないのだが、その溜まったフラストレーションを爆発させる機会を戦争に持っていこうというのがまた今の上官たちの狙いでもあるのだ。

「おい、ユッキー、ボケっとしてないでお前も戦争の準備始めろよ、絶対俺達招集されるって」

「そ、そうかな・・」


時は再び二月下旬、予定通り俺は戦争へ赴くため招集された。

けど俺、すっぽかしたんだよね。なんでそんなことしたのか今でもわからない。死にに行くのが怖かったわけじゃない。むしろ自分の命なんて惜しくなかった。だけどすっぽかしたのは事実で・・なんでだろう?

ふいに脳が覚せいされていく。

「えぇ!ちょっとハイド!」

「うわぁ!」

ギュインと無理やり急ハンドルをきったおかげで店頭のシャッターと衝突することはなかったが、蛇行運転はしばらく続く。

「はぁ、びっくりしたね。」

「びっくりしたよ、寝てたなハイド。」

「寝てた。」

断言されると特に返す言葉もなく、沈黙が流れる。

「ふはははは。」

「あはははは。」

どちらからともなく笑い声が溢れ出す。

「たまにはねぇ、事故るのも面白かったかもねぇ。」

「あはは、やっぱちょっとくらい刺激がなきゃねぇ、ただのカーチェイスも飽きたよねぇ。」


今はもう夢の答えは出ている。

あの日すっぽかしたのはやはり死に対する恐怖なんかじゃない。

ただなんとなく生きてきた俺は、ただなんとなく死ぬのが嫌だった。

ちゃんと生きてる意味が欲しかったんだ。

今はもう十分過ぎるほど生命を感じたし、なにより楽しかったからね。

別に生き続けなきゃならない意味はない。

さて後少しだ、もっともっと有意義に過ごしましょう。



「けーんちゃん、朝だよ起きよーよ。」

「んにゃ?」

「っつーか皆起きようよ、そして飲み直そう。もう誰がなんと言おうと僕も飲むから。」

昨夜とは一転、前の座席の二人のハイテンションぶりは明らかだった。

「はい、乾杯しよ乾杯。」

「か、乾杯?」

ようやく気がついたテツ。マゴマゴしてるところに付け込んでワインのボトルを取らせ、ハイドの上機嫌は絶好調。

「はい、皆さんお手を拝借、いくよ!かんぱ〜い!」

「ハイド、マジでまだ一滴も飲んでないの?言動おかしくねぇ?」

「オカシイオカシイ。」

自分のことを棚にあげた後部座席の二人は置いといて。


ハイドは今幸せの絶頂にいた。

 

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