序章

「うっわぁすげぇな、見渡す限りポリスメンだらけ。」

「ケンちゃんなに呑気なこと言ってんの、元はと言えばケンちゃんが欲張ってあれもこれも持って来ちゃったからでしょ。」

「いーじゃん、あれもこれも全部欲しかったんだから。」

兎の仮面を脱ぎ捨て焼け付くような強い日差しに素顔をさらす。目を細めて見る景色は紺の制服に堅い顔と銃口の山。せっかくの青空も台無しだ。

「兎団も終わりだね。」

ボソリと呟くハイドの言葉にすぐに頷く者はいなかった。

ただ「終わりだね」と言ったならば口を揃えて「そうだな」としみじみした気分になっただろう。

「うさぎだん!?」

「俺らいつからウサギ団になったっけ?」

「えっ?この仮面をつけた時から。」

ハイド以外の三人は顔を見合わせて確認しあったが誰もが首を横に振った。

「そんなカッコ悪い名前は許せんっ!」

「ハイドくん、それはあれ?死神のお告げ?」

「そうだよ。」

平然と言ってのけるハイド。いつものこととはいえ、この緊迫した場面でも不思議ちゃんぶりを発揮する男に少々げんなり気味のテツとケン。

「まぁまぁ二人とも、ハイドに悪気があるわけじゃないんだし。」

ここでポリスメン共の目付きが変わる。どうやら上司から何らかの命が下ったらしい。


「じゃそろそろ行きますか。」

リーダーテツの一声で四人はバタバタと速やかに車に乗り込む。

「ハイド、準備はいいぜ。」

テツは前後を確認して出発を促す。

「無計画の末路までレッツゴー!」

ケンはあっけからんと右手を上げる。

「ケンちゃんが言うなよなぁ。」

早速タバコを手にとりくつろぎムードのユッキー。

「はぁい。」

間の抜けた声とは裏腹に思いきりアクセルを踏むハイド。

突然のことにたじろぐ警官隊を尻目に俺たちは動き出した。

死神は僕たちを呼んでいる・・・。


Drivers high 
―無計画の末路編―



3rd-avenue.NEW YORK city。BAR HEVENS DRIVE

ステージでは全裸ではないにしろ、たわわな胸を下着からはみ出させ、急所だけを小さな布で隠した格好の女が官能的に踊り狂っていた。赤いファーを首にかけて、お揃いのリップがギラギラ男の視線をかき集める。他にも同じように露出した幾人もの女が誰よりも目立ちたいとあがくように腰をくねらせ足を開いていた。でも明るい場所はまだ常識の範疇を超えることはない。チップが飛び交い、酒が右往左往する。その程度だ。しかし一歩踏み込んだ裏舞台では淫靡な声と下品な笑い声が絶えることなく響いている。俺たちはその中間のフロアで出会った。

「お前あーゆー女がが好みなわけ?」

いくらか照明は落ちているがそれでも凝視すればいわゆる見てはいけない部分が見える。だから普通の人はあまり裏舞台を気にしないものなのだが、この男だけは裏ばかりに目をやっていた。

「ん?そうだね、すげぇタイプ。おっぱいがこうボイ〜ンとしてて全体的にムチムチっとしてて。」

欲望に素直な男というかただのアホというか。長身でスラリと長い足はアメリカ人も顔負けといったところなのに童顔だし、言ってることは幼稚だし、やはり日本人であったかと嫌な納得をさせられる。

「オマエそれ一発やりたいから、混ぜてくれ、くらいに思ってるだけじゃないの?」

「そうとも言う。」

このノータリンめ。煩悩の華で頭がいっぱいらしい。

俺は既にボトル一本空けた後なので思考の一部が麻痺していたらしく、こんな男でも面白い奴だと内心爆笑していた。

そしてもう一人、俺のアンテナに引っ掛かった男がいた。

「おいオマエ、こっち来いっ!」

指差したのは背が低くて一見女と見紛うような綺麗な顔立ちの男。

「え、僕?」

「お前だよオマエ、ちょっとこっち来い。」

随分間の抜けた面だ。せっかく目鼻立ち、口許、肌の艶等申し分ないのに表情がそれを台無しにしている。

だから面白れぇ。

「僕、てっちゃんに誘われる覚えないんだけど。」

「あ、俺のこと知ってんだ。」

「知ってる、っていうか皆知ってるよ、気付いてないだけで。」

「げ、マジ?あんたがあのテツ?おわぁ有名人じゃん、やっぱ有名人でもこういうとこ来るんだ。」

女ばかりにうつつを抜かしていた男でも振り向いて俺の顔を上からジロジロ眺める。

「なんだよ。」

「俺、ケンっていうの、けんちゃんでいいよ、よろしくね。」

くったくのない笑顔は天下一品だな。

しかし、何をヨロシクされたのかよくわからないのも本当のとこ。

けんちゃんは煙草を取り出し口に加えながら俺の隣にいる背の低い男に目を配る。

「な、なに?」

「俺、男には興味ないんだけど、有名人は好きだから。」

「僕は別に有名人じゃないよ。」

「そうみたいね、てっちゃんの連れだから有名人かと思った。」

つまらなそうに煙草の灰を床に落とす。

「けんちゃん当たり前でしょ、俺の連れじゃないもん。俺が面白そうな奴だと思ったから声掛けただけで、俺だって初対面。」

酔った勢いでパクってきた酒を差出ながら改めて背の低い男に向き直る。

「名前は?」

「ハイド。」

「はいど?どういう字書くの?」

「もしかしてアメリカ人?」

「日本人。本名は秀人。でもアメリカ人は秀人って発音はできないみたいだから」

二人からの矢継ぎ早の質問にもケロリとした顔で答えるハイド。繊細そうに見える風貌はもはや形なく、残ったのはおっとりした変な奴というレッテルだけだった。

でもそれで良かったのかもしれない。三人はこの狂喜乱舞のイカレタ世界で意気投合した。やはり日本人独特の空気が長くアメリカにいる三人には懐かしく思えたのだろう。テーブルについてしばし談笑し、酒を交わした。

深夜未明と言われる時刻になって、HEVENS DRIVEに俺たち以外の四人目の日本人がに現れた。他の店から流れてきたのだろう、見るからに酔っ払っていて、頭に巻くはずのバンダナが首元に垂れ下がっている。そんな彼を見た瞬間、俺の頭は閃いた。

「よし、あいつを捕獲しろ!」

「いえっさー。けんちゃんがノリも軽く彼の元に駆け寄ると、バンダナをわざわざ結び直して、その部分をもって引きずってきた。」

「隊長、宇宙人の捕獲に成功しましたぁ。」

陽気な声で挨拶するけんちゃん。

そして宇宙人と言われた男もなぜか敬礼。

この意味不明な事態にはハイドはおろか指示したテツでさえ大爆笑である。

「けんちゃんよくやった、下がってよし。」

「ははっ。で、君名前は?」

「ユキヒロ三等兵であります。」

「あははは、三等兵なんだ、じゃ、俺二等兵っ、ハイドはおっとりしてるから保険係な。」「な、なんで僕だけ係なんだよ、せめて救護兵ってことにしようよ。」

「わかった、隊長が任命する、ハイドは・・保険係、あはははは。」

「ケン二等兵も命ずる、ユッキー三等兵も一緒に飲もう。」

「ははっ。」

「わはははは。」

巻き起こった爆笑の渦はもう止まらない。

結局ユキヒロ三等兵こと(通称)ユッキーは三人の日本人によってさらに酔い潰され明け方にはぐっすり眠っていた。ちなみにこの時点では誰も知らないがユッキーは日本の自衛隊から派遣された本物の兵隊(三等兵)であるのだった。

再び日は昇る。

夜遊びで疲れて眠ってしまっている輩は幸せな人達だと思う。一夜の幸せが目覚めの時まで続くのだから。起きている者は再び来る夜までの長い時間のことと数時間前までの輝きに満ちあふれていた至福の時のことを考え切なくなっていた。ここにも例に漏れずセンチメンタルな気分になってる奴等が三人ほどいた。

「なぁせっかく出会ったんだし、このまま帰るだけっていうのもつまんねぇじゃん?」

活力の無い瞳でテツが問う。

ケンもハイドも瞳の色は全く同じだった。

「今なら皆寝てるし、従業員も疲れてるしさ・・。」

「なに、金品でも奪ってやろうとか考えてんの?」

「おっ、けんちゃん頭いいね、大正解!」

「え、本当に?」

「だってさぁハイド、考えてみろよ、このまま俺たち解散して一人になったらつまんねぇ世界が待ってるだけだぜ。ただ社会の歯車に従って淡々と時間だけ進めて、残るものって虚しさだけじゃん?だったらいっそパッと弾けたことしてみようかなってさ。」

酒はもうない。残りカスを嘗めるように小さな氷を口にするテツ。その顔は真面目を通り越して生真面目だった。

「俺、賛成だわ。だって俺実はもう行く宛がないんだよね、ここでパッと咲かせれば行くとこなくても幸せになれる気がする、ハイドもさ、燻ってんなら一気にパッと散っちゃった方が楽じゃん?」

「うーん・・じゃそうしようか。」

表向きは二人とも大して何か考えた風ではなく、あくまで夜の続きを楽しもうといった調子だった。しかし心のどこかでは覚悟を決めていたに違いない。俺たちは中学生じゃない。大人は成功すると信じてからじゃないとそうそう本気で動いたりしないから。

「ということだ、おーいユッキー起きろ。ゆさゆさとテツが肩を揺らす。」

こう言ってはなんだがユッキーの意思は何も聞いてない。それでも三人ともなんとなくだが、四人の方が良い気がしていた。それは数は大いに越したことではない、とかそんな理由ではなく、もっと別に、例えば前世でもこの四人は一緒にいたことがある、なんて抽象的で感覚的な話ではあったけど。ユッキーもなんとか無事目を覚まし、俺たちは強盗を決行した。

なんの打ち合わせもせず、無計画のまま行われた犯行はなぜだかチームワークばっちりだった。

まずユッキーが天井に向けて放った銃声が轟く。俺たち以外の人が怯んでいるすきにレジで売り上げを精算してる従業員に近付き喉元にナイフを近付けるテツ。その間にハイドとケンが金をごっそり頂戴した。今ごろ警報機がジリリリーと甲高く鳴り響き出した。

「ハイド、金はいいから車回せ!」

「はぁい。」

ここまで来て捕まるわけにはいかない。ハイドとてそれは同じこと。のんびりした声とは裏腹に機敏な動きで店を飛び出した。

「ユッキー、その銃で警報機潰せる!?」

「潰せる。」

言い切ったもののウルサすぎる警報機の音が昨日の酒を引っ張り出して脳をかき回してくれる。

「ユッキー早く!」

焦りから集中力が低下していく中で、目をつぶって撃った玉が運良く警報機を破壊してくれた。

急激な静寂が訪れる。

「てっちゃん危ない!」

えっ?と思った時にはレジ精算係の男にぶん殴られていた。

油断した。ナイフがカランカランと床に落ちる。そのナイフに目を合わせたレジ精算係の男が拾おうとしゃがんだ所をけんちゃんが飛び蹴りを一発いれた。

「しばらくこいつは動かないはずだから、行こうぜ。」

「サンキュ、で、なぜピクリともしないかな?たかが蹴りの一発で。」

「ちょっと身体の急所を突いてやった、俺は元医者だから。」

「ウソっ?」

「そんなことより、はい、こっちの袋持って。」

金袋を渡されこの話はうやむやに流れてしまう。ついでにスプリンクラーが発動され状況がますます混乱した。うやむやな話を無理やり持ち出す余裕はない。

「ユッキー行くよ!」

最後尾を彼に任せハイドの車に一直線。既に待ち構えていた赤いポルシェに雪崩込み俺たち四人は事無きことを得た。




「やっぱHEVENS DRIVEの時みたく上手くはいかないか。」

無計画のまま強盗ごっこをしたのは今日も同じ。違うことと言えば向こうさんの警備の人数が尋常ではないことと、セキリュティがしっかりしてること。それからこちらがシラフでちゃんと頭が回転することくらいだろうか。砂漠の中を走る国道を西へ向けて急ぐ。追っ手は今のところ車2台。とはいえ、追われているということは俺たちの情報が世の中に漏れていると考えて良いので、時間が立てば追っ手も間違いなく増えるだろう。

「でもさぁ、追われているとはいえ俺たち銀行強盗成功しちゃったんだよね、すごいよね。」札束を広げながら感心するユッキー。

「そりゃ当然じゃん、天才けんちゃんがいるんだから。」

腐るほどある札束を早速車内にまき散らす。

「けんちゃんまだ早いっつの、どんだけ盗んだか概算もしてないのに、あーあ何枚か外飛んでいっちゃったよ。」

「いーじゃん、貧乏な警察諸君に寄付したと思えば。」

ハイドはそんな後部座席のやり取りを全く無視して心地好くドライブを楽しんでいた。

もちろんBGMはL’Arc~en~CielでDrivers high。

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