危うく人生の卒業式



「ん・・・なんだこれ?」

鈴架が卒業式の朝、学校に着いて机の中を見ると、10通の手紙が入っていた。

激しい出し入れのバトルが繰り広げられたことをそれぞれ微妙に破れた封筒が物語っていた。

一枚だけ業務用の茶封筒があるのが気になるが。

名前は・・・、書いてない。

鈴架はそのうちの一つを開ける。

「屋上で待ってます」

中を見ても名前は書いてなかった。

他の9枚も同じように屋上を指定し、かつ名前が書いていない。

どう考えても危ない空気が感じられたので鈴架はその封筒を無視して卒業前の男同士の親睦を深めることにした。


あまりにも退屈な式の途中、鈴架はさっきの封筒のことを考えた。

第六感というのは常に正しいものだ。

しかし、罪悪感が残る。

この三年間、女子の人気を得るために常人の何倍もの努力を重ねてきた。

クリスマスパーティでの5分毎の変身&瞬間移動は後世に語り継がれるだろう。

ひびきのに銅像が建つかもしれない。

しかし、やりすぎた。

どう考えても今の屋上は修羅の宴。

一人ぐらい屋上から投げ出されてもおかしくない。

そんな雰囲気。

女子供はすっこんでろと言いたいところだが、あいにく1名除いて全員女かつ未成年。

そのとき、ふと視界の隅で何かが光った気がした。

鈴架は早く式が終わることを祈り、空虚かつ時間と給料と酸素の無駄である来賓の祝辞に焦りを覚えた。


在校生の送辞の泣きの演技はどうかと思いながら、教室に戻る。

廊下の途中、屋上に向かう階段に鈴架は向かった。

「おい、鈴架、どこに行くんだよ?」

仲の良かったクラスメイトに呼び止められる。

「…屋上」

「おっ、何だ、女子にでも呼び出されたのか?」

「そんなところだ」

「くーっ、羨ましいな、一生の思い出になるぜ」

「…一生のトラウマにならないことを祈りたいよ…」

鈴架は聞こえないように呟き、階段を上がる。

死刑台に登る囚人か、ギロチン台に登るロベスピエールかというテンションだった。

その一段一段が、切れかけた糸のような緊張感を増幅させていく。

重そうな青い扉を開く。

ガンッ。

開きかけた扉に衝撃が走り、直後にドサッという崩れ落ちる音がした。

鈴架が扉を開け放つと、地面に楓子が倒れていた。

「う…」

楓子は辛そうに顔をしかめる。

しかし、それよりも鈴架は目の前の光景に言葉を失った。

一言で言えば…ベトナム戦争最前線?

いや、見たことないけど。

光が槍投げの槍を振り回している。

琴子がメリケンサックをはめて裏拳を放っている。

美幸が髪の先から光線を放っている。

茜がフライパンで後頭部を狙い打っている。

美帆が怪しげな呪文を唱え、雷が何発も落ちている。

ほむらが釣竿の先に鉄球をつけて振り回している。

花桜梨が一升瓶を抱え、火炎瓶を投げている、

メイがマシンガンを連射している(多分実弾)

華澄先生が日本刀(多分切れる)を構えている。

さて、合法なのは?

…どれも違法だ。

9人の戦士たちは鈴架が現れたことに気づかないほどのギリギリの戦いを止めようとしない。

鈴架は物陰に隠れて戦いを見る事にした。

「うおりゃぁぁぁっ!」

ほむらの鉄球が遠心力で威力を増しながら華澄先生を襲う。

「甘いわっ」

華澄先生は鉄球のチェーンを日本刀で絡め取った。

「何いっ?」

さらに華澄先生は一連の動作で接近し体を回転させ、蹴りを放つ。

回し蹴りが綺麗な円を描いた。

「ぐあっ」

ハイヒールの尖った部分がほむらの耳の後ろ、後頭部との境目を襲い、ほむらは回転しながら倒れる。

しかし、華澄先生はその反動で体制を崩し、尻餅をついてしまう。

それを見逃さなかったのは茜だった。

「とりゃぁぁぁ!」

パコーン、とテフロン加工のフライパンがいい音で華澄先生の後頭部を捕らえた。

光の方に目を移すと琴子が向き合っていた。

「私に譲るって言ったじゃないの!」

真横ではなく角度をつけた裏拳withメリケンサックが風を切りながら光に向かう。

しかし、ここは陸上部で鍛えた瞬発力で素早く横に転がりそれを避ける。

転がりながら琴子に足払いをかけるが琴子は倒れない。

光は倒れたまま琴子の足を土台にして勢いをつけ、立ち上がる。

「そんなの油断させるためにきまってるじゃない!」

光は槍を頭の上で回転させながら叫ぶ。

琴子は一瞬寂しそうな表情を見せるがすぐに戻る。

「…私たちの友情のここまでのようね」

「そんなの元からないわ!」

光は牙突(がとつ)を放つ。

鋭い矛先が直線的に琴子の左胸を捕らえようと唸る。

「はっ!」

琴子は縦に飛ぶ。

そしてその矛先を飛び越え、槍の中央の部分に一瞬だけ右足を着き、そこからさらに上に跳んだ。

「な!」

光が反応して上を向いた時には既に左肩にメリケンサックが牙を剥いていた。

空中でメリケンサックを裏返しに持ち変えるという荒業だった。

「きゃあああっ」

光は左肩を押さえ、地面にうずくまった。

そのとき、鈴架の近くに雷が落ちた。

地面は黒く焦げ、煙を上げる。

煙が去ると美帆が現れた。

手にはなにやら見たことのない文字が表紙の厚い本。

さらに黒いマントを着ていてまさに中世の魔女のようだ。

雷は美幸を囲むように何本も落ちていて、だんだん間隔が狭まっていく。

「はにゃ〜、危ないよ〜みほぴょん〜」

「情けは無用です」

そのうちの一つがついに美幸に命中する。

感電すると骨まで透けて見えるというのは本当だという事が分かったけど、そんなの見たくなかった。

「プスプスプスプス…ふにゃ〜」

「ごめんなさいね、寿さん…っ!」

美幸のそばに寄ろうとした美帆の耳元を火炎瓶が通過し、壁に当たって炎を上げる。

「あらぁ、良く避けたわねぇ」

呂律の怪しい花桜梨がラッパ飲みをしながら言う。

「酔っ払いは帰ってください」

「うるさぁいわねえ…、鈴架君は渡さないわよぅ…」

「鈴架さんは酔っ払いなんて相手にしません」

「どうしてわかるのよ」

花桜梨が美帆に向けて睨みを利かせる。

それは小動物を狙うコブラのようだった。

「鈴架さんはおしとやかな人が好みですから」

「誰から聞いたのよ?」

「本人です」

言ってないし。

「へぇ、それはそれは…妄想女の子守も大変ねぇ、鈴架君は」

「…何ですって?もう一度仰っていただけませんでしょうか」

「いくらでも言ってやるわよ…っ!」

花桜梨は言いながら左の方に転がり、置いてあった洪水用の土嚢の陰に隠れる。

一方美帆はその様子を見ながら魔法陣のようなものを空中に描いている。

ヒュルルルルルル。

え?

ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。

「うわぁぁぁぁぁっ」

突然間の前が爆発した。

俺は壁に打ち付けられたが爆発の中心地からは離れていたらしく、傷は少なくて済んだ。

爆風が収まるとさっきまで向こうで戦っていた一文字さんと水無月さんが倒れていた。

いったい何が?

そう思って鈴架が上を見上げるとヘリコプターがホバリングしていた。

「ちいっ、外したのだ!」

メイがヘリの扉を開けて顔を出した。

花桜梨が土嚢の影から出てきた。

「全く、危ないわね…だから金持ちは嫌なのよ、無茶苦茶だから」

「その点に関しては、同意します」

美帆はあの爆発の中心地にいたのに無事であった。

全身を半透明の繭のようなバリアに囲まれていたからだろう。

凄い魔力だ。

「咲之進、もう一発なのだ!」

花桜梨は笑みを浮かべて火炎瓶を取り出した。

それになにやらワイヤのようなものを取り付ける。

「何を?」

「黙って見てなさい」

花桜梨はそれを頭上で回し、ヘリに向かって投げた。

火炎瓶はヘリの翼の付け根に引っかかり、炎を上げる。

炎はヘリのほうにも燃え移る。

すると、メイと咲之進が小さなパラシュートで降りてきた。

「お前は人外なのだ、なんであの距離で正確に当たるのだ!?」

あ、それ同感。

しかし口に出した瞬間にこっちに飛んでくるのは明らかなので鈴架は黙っておいた。

「うるさいわよ、お子様は黙ってお家に帰りなさい」

「う、うるさいのだ、留年年増に言われたくな…ぐぅっ」

言い切る前に花桜梨の左フックが決まる。

放物線状に飛んだメイは壁に打ち付けられ、動かなくなった。

「メ、メイ様…き、貴様ぁっ」

咲之進が拳銃を取り出そうと胸に手を入れる。

しかし、その動作すら花桜梨は許さない。

一気に2mほどの間合いを詰め、左足を囮にした二段蹴りを咲之進の鎖骨の辺りにクリーンヒットする。

「ぐあぁっ」

咲之進は地面に倒れた。

さらに美帆は起き上がれない咲之進に向けて十字を切った。

「#%$&'#%'#&!???」

天が怒りをあらわにする。

美帆の指先に光が集中し、それが咲之進に向かって放たれる。

それをまともに受けた咲之進は吹き飛ばされて屋上から投げ出された。

「さて…」

花桜梨と美帆はあたりを見渡す。

「残るは貴方だけのようね」

「みたいですね…」

両者は対面する。

その間を一陣の風が舞い上がった。

先に仕掛けたのは花桜梨だった。

両手に持った火炎瓶を同時に美帆に向けて投げ、同時にロンダートの要領で間合いを詰める。

美帆は火炎瓶は綺麗にかわしたが、花桜梨に対する反応は遅れた。

花桜梨は間合いが詰まったことを確認し、半月蹴りのような足払いを放った。

しかし無防備なはずの美帆の脚を捉えようとした瞬間、花桜梨の蹴りはゴムを蹴ったように弾かれた。

予想外の出来事に花桜梨は一旦離れて間合いを取りなおす。

「…相変わらず変な術ね」

「妖精さんです」

「頭の中が?」

「っ!」

美帆は持っていた本を真上に投げた。

「erhjghr; mhhag;mahurgrj ta!」

「な、何?」

空間が歪む。

さっきまで晴れていた空は曇り始める。

雲は明らかに帯電している。

「brilliant lightning!」

美帆の頭上から雷が波のように花桜梨に襲い掛かる。

それに対し花桜梨は胸のペンダントを離れた所に投げ、誘導しようとした。

しかし、雷の規模が大きすぎたので辺り一帯に落雷した。

鈴架はもちろん、倒れていた戦士達にも直撃した。

美帆はさっきの体制のまま立っていた、が。

「つ…強すぎました…」

パタン。

自分に当たる事を考えていなかったようだ。



小一時間たち、倒れていた戦士達は回復し始めて、立ち上がった。

鈴架も同様に回復している。

「だ、誰が勝ったの?」

最初に口を開いたのは楓子だった。

「わからない、けど、無傷の人もいないみたいだね、こうして見ると」

茜が首を回しながら言う。

「そもそも、どうしてこうなったんだ?」

ほむらが言った。

「鈴架君に関して、だったと思うわ」

華澄先生がスカートの砂を払いながら立ち上がる。

「あ。すずぴょんだ〜!」

「げ」

美幸が貯水タンクの陰に隠れていた鈴架を見つけた。

全員の視線が鈴架に集まる。

「そもそも鈴架が浮気性なのがいけないのだ!」

メイが鈴架を指差しながら言う。

「そうよ…」

光が左肩を抑えながら立ちあがる。

「そもそもの原因は…」

琴子は再びメリケンサックをはめる。

「信じてたのに…」

何処から取り出したのか、花桜梨の手には手榴弾が握られていた。

「妖精さん…裏切り者には死を、ですよね…(ニコッ)」

美帆が天使の微笑み。

むしろ修羅の大天使。

サンジェストもびっくりだ。

「鈴架君…最低」

「酷い」

「私、せっかく戻ってきたのに…」

「もう頭にきたぜ!」

「許せないね」

「私、もう笑えないよ…」

「妖精さん、死後の世界はどんな風ですかね?」

「裏切り…よね、これは」

「…不幸をあげる…」

「私まで騙すなんて…」

「メイのプライドを傷つけた罪は重いのだ!」


爆 弾 連 鎖 爆 発 。


一人関係ないのが混ざっているような気もするが、そんなことに構っている余裕は鈴架にはなかった。




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