風鈴




ひびきの市のちょうど中心に位置するショッピング街。
その一角に、女子高生に人気のファンシーショップがある。


この夏目玉の新商品は、この店限定のガラスの風鈴。
機能性を残しつつ、それでいて『ファンシーショップ』の名に恥じない可愛らしいデザインを併せ持った、入魂の一作だ。


 「これ、くださいな」


今日は十個の風鈴が、十人の女性にもらわれていった。
彼女たちは、何を思いその風鈴を買い、そして吊るすのだろうか。






赤色の風鈴は、陽ノ下光の元へ。

 「へぇ、風鈴買ったんだ」
光の家に遊びに来ていた少年は、自分の幼馴染の部屋の窓に吊るされているものを見て言った。
 「本当は買うつもりなかったんだけど、可愛かったから、つい。いいでしょ?」
 「うん。……すごく」
風鈴のガラスの透明な赤と、光の髪の現実的な赤とが、少年の目の中で混ざり合っていた。
そして思わずその目を反らしてしまうほど、光の笑顔は眩しかった。

チリン……

その時、一筋の風が通り過ぎた。
チャンスを逃すことなく、風鈴はその風に上手く乗った。
 「……あっ、これ、飾ってくれてるんだ?」
 「当然じゃない。君がくれたものなんだから」
窓から少し視線を横の棚にずらすと、少年が誕生日に贈ったガラスの置物が、礼儀正しくコースターの上に座っていた。
ガラス製品で覆われた光の部屋は、ひびきの中で最も涼やかな部屋のはずだ。




水色の風鈴は、水無月琴子の元へ。

――我ながら、いい買い物をしたわ。
自分で買って、自分で部屋の窓に吊るした風鈴を見て、琴子は一人悦に入っていた。
 「琴子ぉ、明日返すから五千円……」
 「そんな格好で入ってこないでよ、宇宙人が」
染めた髪。グラサン。革ジャン。革パン。エレキギター。
パンクなロッカーを絵に例えたような琴子の兄は、琴子から見れば宇宙人とも何ら変わりはない。

チリン……

その時、一筋の風が通り過ぎた。
チャンスを逃すことなく、風鈴はその風に上手く乗った。
 「ああ、やっぱり夏と言えば風鈴よね」
 「いや、だから五千……」
風鈴の音色に浸っている琴子に、世間の喧騒は耳に入ってこなかった。




紫色の風鈴は、寿美幸の元へ。

 「あら、可愛い風鈴ね、美幸ちゃん」
掃除をしに来た美幸の母は、娘の部屋の窓に吊るされているものを見て微笑んだ。
 「でしょ? お店で見かけてね、美幸、ボボボーボ・ボーボボっときたんだ!」
 「それを言うなら、“ ビビビ ”っとじゃない?」
いつもは不幸なことにばかり巻き込まれる美幸だが、今日は気に入ったものが買えて心底嬉しそうに見える。
だが二人とも風鈴に目が行っていて、二人とは違う目の色でそれを見上げる飼い猫のミーちゃんに気がつかないでいた。

チリン……

その時、一筋の風が通り過ぎた。
チャンスを逃すことなく、風鈴はその風に上手く乗った。
 「風鈴の音を聞くと、夏だなぁって感じがするわね」
 「だよね! ……ってヤダ! ちょっと、そこはダメ……」
美幸は猫の本能を甘く見ていた。
風に気持ち良さそうになびいていた風鈴は、ミーちゃんに飛びつかれて落下し、ただのガラス片と化した。
しかもそれを踏んで怪我をし、やはり美幸は美幸なのだった。




茶色の風鈴は、一文字茜の元へ。

 「姐さん、その風鈴いいっすね」
一文字家の庭でキャッチボールをしていた四天王の一人――四ツ谷甲二は、縁側に風鈴を吊るそうとしている茜の姿を視界の端で捕らえた。
 「甲二くんもそう思う? ボクもね、この辺に吊るしたらいいだろうなぁって思って……」
 「甲二! さっさと投げんか!」
向こう側から総番長――茜の兄、薫の怒鳴り声が聞こえると、慌てて甲二はボールを投げ返した。
ひびきのと隣町をまとめ上げる四天王の一人も、さらにその上をいく総番長には頭が上がらない。

チリン……

その時、一筋の風が通り過ぎた。
チャンスを逃すことなく、風鈴はその風に上手く乗った。
――ガシャン!
 「そ、総番長……」
 「す、すまん茜。ワザとやった訳では……」
 「……お兄ちゃんの、バカ〜〜〜!」
コントロールを誤り風鈴にボールをぶつけてしまった薫の顔に、茜の右ストレートが炸裂した。
四天王すら震えさせる総番長も、実の妹には頭が上がらない。




ピンク色の風鈴は、白雪美帆の元へ。

 「え……それ、新しい風鈴?」
美帆の双子の妹の真帆は、姉の部屋の窓に吊るされているものを見て何故か冷や汗を流した。
 「ええ。去年の風鈴は、妖精さんが割ってしまいましたからね。“妖精さんが”」
 「そ、それは何回も謝ったじゃん……」
今はまだいい。美帆にネチネチと嫌味を言われるだけだから。
去年、真帆が美帆の気に入っていた風鈴を誤って割ってしまった当日などは、
部屋のガラスは全部割れているわ、食べ物の中にガラス片が混入しているわで、命さえ危なかったのだ。

チリン……

その時、一筋の風が通り過ぎた。
チャンスを逃すことなく、風鈴はその風に上手く乗った。
 「いい音だね」
 「はい。本当に」
去年の今頃は本当に腹立たしかった美帆だが、この風鈴の音を聞いていると「もういいかな」という、穏やかな気持ちになれた。




オレンジ色の風鈴は、赤井ほむらの元へ。

 「おや、ほむらが風鈴を買ってくるなど、今日は雨が降るな」
畑仕事から帰ってきたほむらの祖父は、自分の孫が居間の縁側に吊るそうとしているものを見て言った。
 「しかも、そんな女の子が好きそうな形のものを」
 「じいちゃん、あたしの性別分かってるか?」
吊るし終わったほむらは当然反論するが、今着ている服がラフなTシャツで、言葉遣いは汚くて、
居間のテレビで男の子向けアニメのビデオが再生されていては、それも効果が薄い。

チリン……

その時、一筋の風が通り過ぎた。
チャンスを逃すことなく、風鈴はその風に上手く乗った。
 「風鈴の音を聞くと、初めてばあちゃんが家に来た時のことを思い出すわい」
 「? その話、聞いたことねえな。教えてくれよ、じいちゃん」
 「いいとも。あれは、わしが縁側でふんどし一丁で眠っていた時じゃった……」
風鈴の音色の下で、ほむらの祖父は五十年前の思い出を昨日のことのように語り始めた。




薄いピンク色の風鈴は、八重花桜梨の元へ。

――なんで買っちゃったんだろう。
自分で買って、自分で窓に吊るしたものを見て、花桜梨は自問自答を繰り返していた。
――こんなの買っても、無駄になるだけなのに。
店頭で見かけた時もそう思い、そのまま何も見なかったかのように通り過ぎるはずだった。
だが気がついた時には、花桜梨はその風鈴を持って、既に何人かが並んでいるレジに向かっていた。
衝動買いをするタイプでないのは自分が一番分かっていたからこそ、この風鈴の存在が何とも不気味でしょうがなかった。

チリン……

その時、一筋の風が通り過ぎた。
チャンスを逃すことなく、風鈴はその風に上手く乗った。
――キレイな音。
衝動買いなんかじゃない。
目を閉じて風鈴の音色にのみ集中して、花桜梨は確信した。




緑色の風鈴は、佐倉楓子の元へ。

 「おかえり。……あ! それってアイス?」
楓子が帰ってきたのを出迎えた弟は、姉の持っているビニール袋を見て喜んだ。
 「もう、どうしてあんたは何でもアイスなの? これは風鈴」
 「なーんだ」
食べ物、特にアイスでないと分かると弟は冷たい。
自分の方が背が高くなったのに、風鈴を窓に吊るそうと苦労している姉を無視してテレビを見始めた。

チリン……

その時、一筋の風が通り過ぎた。
チャンスを逃すことなく、風鈴はその風に上手く乗った。
 「ってゆーか、ねーちゃん、どうして風鈴なんか買ったんだ?」
 「……欲しかったから、かな。思い出に残る物が」
何故楓子がそんなことを言い、沈んだ表情になるのか、弟は分からなかった。
当然だ。来月も、来年も、それからずっと先も、自分はこの家にいると信じて疑わないのだから。




黄色の風鈴は、伊集院メイの元へ。

 「メイ様。これでよろしいでしょうか?」
メイの付き人の咲之進が、タキシード姿に似合わぬビニール袋を持って帰ってきた。
 「うむ。ついでに窓に吊るしておくのだ」
 「かしこまりました」
『庶民的な風鈴を買って来い』とメイが命じたのは、三十分前のことだった。
主人のためなら例え火の中水の中。店内の女子高生たちに白い目で見られていたと知っても、咲之進は全く気にしないだろう。

チリン……

その時、一筋の風が通り過ぎた。
チャンスを逃すことなく、風鈴はその風に上手く乗った。
 「庶民は何故、夏になるとこんなものを吊るすのだ?」
 「暑さを和らげるため、ではないでしょうか」
 「馬鹿げているのだ」
だが心なしかさっきより涼しくなっているようにも思えて、メイの長年の疑問は一つ消えたようだ。




濃い緑色の風鈴は、麻生華澄の元へ。

 「……で、今度は何を貸して欲しい訳?」
突然家に上がりこんできて、勝手に風鈴を取り付け始めた友人の舞佳に、華澄は困惑気味だった。
 「失礼ね。ひびきのに行ったら、華澄の好きそうなのがあったから買ってきただけよん。あ、これあげたから誕生日プレゼントは無しね」
 「ひびきの……?」
その言葉の響きが、華澄には何とも懐かしく、心地よかった。
大学に入り下宿生活を始めてから、殆ど帰っていない我が家のある町の名前。
家がお向かいというよしみでよく遊んであげ、そうすることで自分も元気を分けてもらった妹分のいる町の名前。
ふと、八年前に引っ越した弟分のことも思い出してしまった。

チリン……

その時、一筋の風が通り過ぎた。
チャンスを逃すことなく、風鈴はその風に上手く乗った。
 「九月になったら、行くんでしょ?」
 「うん。光ちゃん、元気にしてるかな」
九月。華澄は教育実習生として、ひびきのにある母校に凱旋する。
まさかその時、弟分にも再会することになろうとは、今はまだ知る由もない。




―――完―――

 


茜雲様からとってもステキな暑中お見舞いSSを戴いちゃいましたvvv
2キャラそれぞれの「風鈴のある風景」、キャラの個性が光ってますね〜〜〜vvv
こんなステキなSSを戴いてめちゃくちゃ感動です〜〜〜vvv(≧▽≦)ノ
本当にありがとうございました〜〜〜vvv